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new moon.
明日は新月。 新月は、何かを始めるのに とてもいいタイミングなのかもしれません。 満月へと向かっていたエネルギーが静かに落ち着き、 ここ数日は、これまでのことを振り返ったり、 自分自身を見つめ直したりする時間が続きました。 自分はまだまだ未熟で、 わからないことも、知らないこともたくさんあります。 謙虚でいることを忘れてしまったり、 挑戦する気持ちを忘れてしまったり。 自分にとって本当に大切なものは何なのか。 そんなことを改めて考える数日間でした。 Ashtanga Yoga Kurashikiも、まだ始まったばかりです。 まずはこの場所を、一歩ずつ育てていくこと。 今はそこに向かうエネルギーを大切にして、 前を向いて進んでいこうと思っています。 この決意が、すぐに結果につながるとは思っていません。 ここに足を運んでくださる一人ひとりと向き合い、 今の自分にできることを、一生懸命伝えていく。 それを毎日、少しずつ。 3年、10年、15年と、 この場所が続いていくように。 目の前のことで頭がいっぱいになったり、 過去にとらわれたりすることもあります
9月10日読了時間: 2分


迷っているときに
人生では、たくさん迷うことがあります。 僕もいつも迷っています。 はっきり言って、本当にいつも迷っています。 振り返ってみれば、 迷ってよかったなと思うこともあるし、 「これは、あんなに迷わなくてもよかったな」と思うこともたくさんあります。 そして僕自身、 迷ったことを一度も後悔したことがない、 なんて格好いいことを言いたいところですが、 全然そんなことはありません。 今思えば、一番もったいなかった迷いは、 「ヨガをやってみたい」と思ったときでした。 やりたいと思っている自分がいるのに、 その気持ちを素直に認められなかった。 「やりたいなら、やったらいいじゃん」 今ならそう思えます。 でも、そのときはなかなかそう思えませんでした。 だから、 本当に少しでも「やってみたい」と思うことがあって、 それが誰かを傷つけたり、迷惑をかけたりすることでないのなら、 一度やってみたらいいんじゃないでしょうか。 やってみてから考えてもいい。 迷いがなくなるのを待つのではなく、 迷ったままでも、一歩進んでみる。 それぞれの迷いを少しだけ振り払って。 やってみましょ
9月3日読了時間: 1分


知らない自分に出会う
「あなたは、なぜヨガをしますか?」 先日、そんなことをお話しする機会がありました。 なぜヨガをするのか。 これまであまり考えたことのないテーマでしたが、自分の中には、確かにひとつの答えがあることに気づきました。 それは、知らない自分に出会えるからです。 心と体は、きっとつながっている。 私はそう信じています。 人それぞれに思考の癖があるように、体にも使い方の癖があります。 ヨガでは、いつもの体の使い方だけではできないことに、何度も出会います。 どう動けばいいのか。 どこに力が入っているのか。 何を怖がっているのか。 そうやって体と向き合っていると、自分でも気づいていなかった無意識の癖が、少しずつ見えてきます。 そして不思議なことに、それは体だけではなく、思考にも同じように起きているように感じます。 ヨガを始めてしばらく経った頃、ひとつの変化を感じたことがありました。 それまで苦手だと思っていたものや、なんとなく遠ざけていた人を、以前より受け入れられるようになっていたのです。 もともと私は、思い込みや勘違いも多く、よく知りもしないまま何かを嫌ったり
8月17日読了時間: 2分


入門コースのお勧め
今行っている入門コースでは、 アシュタンガヨガの「八支則」の中にある ヤマ・ニヤマについてもお話ししています。 ヤマ・ニヤマを実践することは、 決して簡単なことではありません。 私自身も、守れないことばかりです。 嘘をつくこともあるし、 いつも誠実でいられるわけでもありません。 でも、ヤマ・ニヤマという教えがあることで、 「自分はどうだろう」と、 自分自身と向き合おうとする気持ちが生まれるように思います。 何が正しくて、何が間違っているのか。 その基準さえ曖昧に感じることのあるこの世界で、 自分を見つめるためのひとつの指標があることは、 とても素晴らしいことだと思っています。 ポーズを覚えることだけではなく、 ヨガというものを少し広いところから知ってみる。 そんな時間も含めた入門コースです。 ご興味がありましたら、 ぜひ一度、受けてみてはいかがでしょうか。
8月16日読了時間: 1分


練習場を始めて、もうすぐ2ヶ月。
自分の練習場を設け、シャラを作ってから、もうすぐ2ヶ月が経とうとしています。正確には、あと10日ほどです。 実際に始めてみると、この場所は教える人だけでも、教わる人だけでも成り立たないのだと改めて感じています。 そんな中でも、「練習をしよう」と決意を持って足を運んでくださる方々がいます。本当にありがたいことです。 皆さんがいてくださるからこそ、この場所には意味が生まれ、自分が伝えていることにも少しずつ説得力が宿っていくのではないかと思います。 毎朝この練習場を開けることは、もちろん大変なこともあります。それでも、いつでも誰かを迎え入れる準備ができている自分に、不思議と幸せを感じています。 それが「誰かに必要とされている喜び」なのか、「同じ時間を共有し、一緒に練習できる喜び」なのか、まだ自分でもはっきりとは分かりません。 でも、そのどちらも、この場所が与えてくれた大切な贈り物のような気がしています。 そして、アシュタンガヨガ倉敷を始めてから、出会いの形も少し変わりました。 これまでは、自分がどこかへ足を運ぶことで人と出会うことがほとんどでした。しか
8月5日読了時間: 2分


まなざし
「まなざし」とは、ただ見るという行為を超え、心や感情が宿った視線のことです。 この練習を続ける上で、自分自身を見つめることは欠かせないものではないでしょうか。 健康になりたい。 楽になりたい。 もっと良くなりたい。 そんな強い願いがあるからこそ、私たちは時に「見る」のではなく、「凝視する」ようになってしまいます。何かを掴もうとし、結果を求め、そこへ向かって力んでしまう。私自身にも、そんな癖があります。 けれど本当は、無理に変えようとしなくてもいいのかもしれません。 ただ見つめる。 ただ気づいてあげる。 それだけでも十分に、この練習は私たちに多くのことを教えてくれます。 身体はどう動いているのか。 呼吸は穏やかだろうか。 心は今、何を感じているのだろう。 見つめるものは、想像以上にたくさんあります。 心もまた、絶えず動いています。 楽しいことや幸せな出来事は、気づけばあっという間に過ぎ去ってしまいます。 一方で、痛みや苦しみは、まるで身体にまとわりつくように長く居座り、私たちの意識を引き留めます。 だから人生は苦しみのほうが多いように感じるのかもし
8月3日読了時間: 2分


焦り
最近、自分のシャラを開くことになりました。そのきっかけには、インドで過ごした先輩との会話や、身近な人たちがマイソールクラスを始めていく姿がありました。その中で、自分でも気づかないうちに焦りを抱え、その焦りが自分の行動に表れていたのだと思います。 シャラを持つ以上、そこで練習してくれる人の 存在は大切です。しかし私は、「せっかく作ったのだから、もっと練習してほしい」という思いが強くなり、公民館の頃から来てくれていた生徒さんに、知らず知らずのうちに厳しさを求めてしまいました。 今振り返ると、それは完全に自分のエゴでした。 私がアシュタンガヨガを好きなのは、きつい練習だからではありません。この練習の奥には、優しさや愛があると信じているからです。インドでシャラジにお会いしたときも、そのことを改めて感じました。その話は、また別の機会に書きたいと思います。 アシュタンガヨガは、「厳しい」「きつい」という印象を持たれがちです。でも、本来はそうではありません。自分で強度を選び、疲れたら休み、 また次の日に戻ってくることができます。伝統的なルールはありますが、その
7月22日読了時間: 3分


カリカリと
食事のおいしさは、味だけではありません。 2024年から2025年にかけてインドで過ごした頃、仲間と好きな食べ物について話す機会がありました。 食事には、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味、辛味があります。それだけでなく、香りや見た目、温度、そして食感など、さまざまな要素が重なり合って、一つの食体験になります。 その中でも、私たちが夢中になって話したのは「食感」でした。 歯を入れた瞬間の「サクッ」という軽やかな感覚。「カリカリ」「ボリボリ」と響く心地よい音。歯ごたえや口の中に伝わる感覚まで含めて、食べることを楽しんでいるのだという話になりました。 同じ料理でも、食感が変わるだけで印象は大きく変わります。人は舌だけで味わっているのではなく、耳や歯、そして身体全体で食事を味わっているのだと、その会話を通して改めて感じました。 最近、このことはアシュタンガヨガにもよく似ていると思うようになりました。 毎日同じシークエンスを練習していても、まったく同じ練習になる日はありません。その日の身体の硬さや柔らかさ、呼吸、音、気温、湿度、天気、心の状態…。さまざまな要
7月2日読了時間: 2分


身から出た錆
皆さん、お久しぶりです。 たぶん、かなり久しぶりの投稿になると思います。 最近は、自分自身の変化と向き合う機会が増えています。これまで当たり前だと思っていた考え方や行動を見直したり、自分の癖や弱さに気づかされたりすることも多くあります。 今回書くことは、誰かに伝えたいというよりも、自分自身への記録や目標のようなものとして残しておきたいと思っています。 もしよければ、そんな独り言のような文章だと思って読んでいただければ幸いです。 今年は、自分でも驚くほど「身から出た錆」が出ているように感じています。 これまで、自分なりにさまざまなことに挑戦してきました。その中で、多くの人に助けられ、支えられてきました。 ただ、振り返ると、自分には人に頼りすぎたり、誰かにのめり込みすぎたりする癖があったように思います。 誰かが助けてくれるから、その優しさに甘えてしまう。 誰かが支えてくれるから、自分で背負うべきものまで任せてしまう。 人の好意を受けることはとても嬉しいことですし、その人をより好きになったり、大切に思うきっかけになることもあります。...
6月19日読了時間: 2分


「なんでなんすか」
僕がヨガを始めてから、ゆうやさん、佳吾さん、誠也さん、恭平さんをはじめ、いろいろな先生や先輩方とお話しする機会がありました。 その中で感じるのは、どの先生にも、いつもちょっとした笑いがあるということです。 何気ない会話の中で笑わせてくれたり、励ましてくれたり、時には僕をいじりながら、ふっと気持ちを軽くしてくれることがたくさんあります。 特に京都の師匠は、いつもキレのあるボケとツッコミで、いろいろなタイミングで笑わせてくれます。たまに、これは笑っていいのか分からない時もあって少し困惑しますが、そういうところも含めて、すごく好きです。 インドで一緒に過ごした大先輩も、いつも僕をいじって楽しませてくれます。たまにメッセージをくれる時も、僕の口癖である「なんでなんすか」を引き出そうとしてくれます。 そういう何気ないやりとりの中に、優しさや温かさを感じます。 今、私は新しい練習場を作っています。 作業を進める中で、思い通りにいかないことや予想外のトラブルもたくさん起こります。雨漏りや設備の問題、お金のこと、工事のこと。次から次へと課題が出てきて、そのたびに
6月5日読了時間: 2分


汗をかくということについて。
汗をかくということについて。 少し気温が上がってきて、汗をかくシーズンに入り始めました。 アシュタンガ的に言うと、汗をかくということは、呼吸、集中、内側の熱、アグニ的なものにかなり関係していると言われています。 一定の流れを保ちながら動くことで、自神経や循環が強く働き、発汗しやすくなる練習です。 ただ、面白いのが、汗の質のようなものが変わっていく感覚があることです。 練習初期は、呼吸が荒かったり、力みが多かったり、外側の筋肉を使いすぎることで大量に汗をかく人も多いと思います。 ですが、練習を続けていく中で、無駄な力が抜け、呼吸が深くなり、熱が内側で循環するような感覚が出てくることがあります。 汗の質感が変わっていく、と感じる人もいるかもしれません。 ただ、僕自身は、この汗をかく練習というものが嫌いではありません。 悪いものや、嫌な気持ちが、一緒に流れていくような感覚があるからです。 もともと暑い土地で行われてきた練習ということもあり、夏の空気の中で汗をかきながら動く感覚には、とても気持ち良さを感じます。 そして、このブログも、これからいろいろ試行
5月26日読了時間: 2分


鋼の思考
僕は、自分でも思うくらい思考が固い。 いろんな人の意見を聞いて、自分がいいと思うところだけを拾い上げながら、思い描いたものを形にしていける人を尊敬しています。 でも僕は、自分と少し考えが合わない人がいると、その人を丸ごと遠ざけてしまうことがよくあります。 ほんの少し違っただけなのに、 「自分とは全然違う人だ」 と思い込んでしまうのかもしれません。 本当は、その人のすべてを受け入れなくてもいい。 自分と共感できる部分だけ、必要な部分だけを受け取ればいいはずなのに、それが昔からあまり得意ではありません。 感覚が近い人や、自分がすごいと思っている人、リスペクトしている人の言葉は、まっすぐ入ってくる。 その一方で、自分のために言葉を投げかけてくれる人や、アドバイスをくれる人の意見を、素直に聞けないことがあります。 はっきり言って、悪い癖です。 ヨガをしていると、そういう自分に気づく場面がたくさんあります。 結局は、王道のやり方。 トリスターナ、目線、アーサナ、呼吸。 そこにしっかり取り組んで練習を続けていけば、自然と練習は深まっていくように思います。 そ
5月12日読了時間: 2分


シャラ(Shala / Śālā)大切な場所
シャラ(Shala / Śālā)という言葉は、サンスクリット語由来で、 もともとは「家」「場所」「空間」「学びの場」という意味の様です。 僕はこれまで、一人の先生だけに師事してきたわけではありません。 アシュタンガヨガ岡山では洋子先生、 アシュタンガヨガ神戸では清水誠也先生、 アシュタンガヨガ京都では山口佳吾先生、 アシュタンガヨガモージムではシャルミラ先生、 そしてシャラートヨガセンターではシャラート先生。 本来は、一人の先生のもとで深く学ぶべきだという考え方もあります。 だからこそ、自分は少し遠回りをしてきたのかもしれない、と感じることもあります。 それでも振り返ると、どのシャラにも、それぞれの学びがありました。 そして今、自分がこうしてヨガを続けていられるのは、間違いなくその場所や先生方のおかげです。 特に佳吾先生のもとでは、長い期間お世話になっていて、今の自分の軸の一つになっているように感じています。 でも一つ言えるのは、どのシャラにも感謝があるということです。 倉敷には「シャンティ」というヨガスタジオがあります。 僕自身は初めてヨガに
5月9日読了時間: 3分


楽しいまでが難しい。
蛇口の根本、 バタバタしていて、2日ほどブログを書くことから遠のいていました。 でもやっぱり、ブログを書ける時間があるというのは、幸せでありがたいことだなと思っています。 短いブログではありますが、自分にとって一つの楽しみになっているように感じています。 最近思い始めたのは、物事は少し大変なくらいの方が、結果的に深く楽しめるのかもしれないということです。 今の時代は、携帯を開けばInstagramやYouTube、その他エンタメ系のアプリで、簡単に楽しい動画や刺激的なものに出会える時代だと思います。 ですが、少し障害があったり、楽しむまでに時間がかかるものの方が、最終的には達成感や満足感が大きいように感じます。 ヨガももちろんそうですが、今の自分は店舗改装に挑んでいます。 正直、簡単ではありません。 毎日作業をしたからといって、すぐに完成へ近づくわけでもない。 それでも少しずつ進んでいく中で、次に自分が挑むべきことや、空間のイメージを想像することが、だんだん楽しくなってきています。 この満足感は、簡単に得られるものではないと思います。...
5月8日読了時間: 2分


仲間に感謝。
人は一人では生きていけない 最近、特にそう感じています。 何かをやろうと思った時、 自分にできるのは声を上げることくらい。 自分はまだ無知で、小さなエネルギーで しかないと、改めて思い知らされます。 今日から、自分のテナントの解体が始まります。 正直、一人だったら心細いし、どれだけ 時間がかかるのか想像もつきませんでした。 そんな中で、「一緒にやるよ」 と言ってくれる仲間がいること。 その優しさに、ただただ感謝しています。 これからも、この仲間たちを 大切にしていきたい。 そして、もし誰かが困った時には、 自分も同じように手を差し伸べられる 人でありたい。 この時間を、ただの出来事で終わらせず ちゃんと学びに変えていきたいと思います。 大切な時間を一緒に過ごしてくれた仲間へ。 これからも、深い感謝とリスペクトを込めて。 少し綺麗ごとに聞こえるかもしれませんが、 こういう日があってもいいし、こういう人間がいてもいいのかな、とも思っています。 さあ、今日は思い切って壊していきましょう。 壊して、生み出す。 まるでシバになった気分。 正直、得意ではない
5月4日読了時間: 2分


ヨガ以外のことを話すということ。 Lokah Samastah Sukhino Bhavantu
写真は、ヨガを通じて出会った先輩です。 二人で仲良く足をかけているこの瞬間が、個人的に気に入っています。 私はヨガが好きすぎて、気づけばその世界に深く入り込んでいました。 もともと多くの人と関わるタイプではないけれど、気づけばさらに限られた仲間としか話さなくなっていたように思います。 ただ、今、新しい場所を準備する中で、いろんな人と話す機会が増えました。 家具屋さん、建築関係の方、昔の友達、中学校からの仲間。 そうやって普段とは違う世界の人たちと話す中で、 自分の考えが少し偏っていたことに気づかされました。 集中して深める時間も大切だけど、 まったく違う価値観に触れる時間は、自分を見直すきっかけになる。 知らない世界の人と話すときには、ユーモアも必要だし、 真面目な話ばかりでもうまくいかない。 ヨガを極めることの難しさを感じつつ、 いろんな人と関わりながら、 この時間を楽しんで、ヨガとともに進んでいきたいと思います。 皆さんは、どのように過ごされているでしょうか。 自分にとって必要な人とだけ関わるという考え方も、 どのような生き方を選ぶかという意
5月3日読了時間: 2分


場所を借りるということ。
アシュタンガヨガを始めてから、長い月日が経ちました。 長いと言っても、まだまだひよっこですが。 趣味のままで終わらせることもできたのかもしれません。 でも、「伝える」という選択をしました。 始めていく中で、 もっとしっかり伝えたいという気持ちが、少しずつ芽生えてきました。 毎日ヨガを伝えられる場所を探し始めたものの、 なかなか見つからず、時間だけが過ぎていく。 正直、焦りもあったと思います。 それでも、ひとつの縁があって、 この場所を借りることになりました。 契約する日やオープンの日は、 巡り巡って、自分の師匠と重なる日にすることにしました。 迷いはあります。 やってみないとわからないことも、たくさんあります。 それでも、うまくいっても、いかなくても、 無駄な時間はないと信じています。 それは、この練習と同じ。 できるか、できないかは問題じゃない。 毎日挑戦すること。 諦めないこと。 無理をしないこと。 その積み重ねの中に、 この練習から受け取ってきたものがあるように感じています。 これからのこの状況も、しっかりと楽しみながら進んでいきます。 ム
5月2日読了時間: 2分


ヨガが必要な私
僕には、ヨガが必要です。 ヨガを始めたとき、直感的にそう思いました。 世の中には、ヨガをしなくてもいい人もたくさんいると思います。 それはきっと、すでに別の形で“ヨガ的なこと”を人生の中に持っているから。 僕の場合は、ずっと探していたように思います。 自分の人生におけるヨガ的なものとは何か。 自分を整え、向き合い、少しずつ変えてくれるものは何か。 ヨガを始める前の僕は、目の前に少し障害があると、すぐに投げ出してしまったり、怖いものがあると深く観察する前に遠ざけてしまうようなところがありました。 でも、はじめは苦手だと思っていたことも、少しずつ向き合ってみると、案外苦手ではなかったり、嫌いではなかったり、むしろ好きになっていくこともあります。 自分の勝手な印象で、何かを決めつけてしまう癖があったのだと思います。 僕はヨガというツールを通して、自分自身を少しずつ変化させてもらいました。 そのおかげで、自分の世界が少し広がったように感じています。 身体だけでなく、心や考え方にまで広がりを見せてくれたこのヨガ。 改めて、僕には必要なものだなと思いながら、
5月1日読了時間: 2分


おいしいご飯を食べよう
練習の後のご飯は、本当においしい。 最近の僕は、前日の夜から食べることを極力控えて、お茶を飲んで、そのまま寝床に入ることが多くなりました。 練習が終わると、本当に腹ペコです。 そのあと予定がある時は、食べずに次の場所へ向かうこともあります。 だからこそ、本当にお腹を空かせた時に食べるご飯は、驚くほどおいしくて、食べられることそのものに喜びを感じます。 僕はもともと体育会系だったせいか、ご飯を本当によく食べます。 食べ始めると、ご飯3合くらいは当たり前で、それに加えて副菜もたくさん食べてしまいます。 それも、うちの母ちゃんが料理上手だったからかもしれません。 食べることの喜びは、人一倍強い方だと思っています。 そんな僕が、食べることを極力控えて臨むこの練習。 その後に食べるご飯は、本当においしい。 普段食べられないからこそ、おいしいと感じる部分や、幸福に感じる部分がたくさんあるように思います。 普段から食べ続けていると、胃は疲れるし、「味わう」という感覚も少し鈍ってしまう気がします。 限られた時間の中で、食べるという祈りと向き合うこと。...
4月30日読了時間: 2分


主宰
この看板、実は「H」がひとつ抜けています。 あとから気づいたのですが、 HidejiのH、HirasakiのH、僕にはHがふたつあります。 なので、そのうちのひとつを“おすそ分け”した、ということで、 あえてHなしでこの看板を使っています。 当時は、とにかく形にすることに必死で、 細かいことまで気が回っていなかったのかもしれません。 アシュタンガのクラスを倉敷で主宰して、まもなく2年が過ぎようとしています。 「主宰」という言葉の意味を改めて調べてみました。 自分が中心となって企画し、全体を取りまとめ、責任を持って運営すること。 そして、その人。 この2年間、週に2回、あるいは3回。 予定があれば休む、そんな日々を積み重ねてきました。 最初は、少し珍しいことをやっているのもあってか興味を持って遊びに来てくれる方も多くいました。 でも、2回目、3回目と足を運んでもらうためには、 「珍しさ」ではなく、この練習そのものに価値を感じてもらうことが必要だと感じています。 そして、主宰するということは、 自分ひとりでできることではないということも、改めて実感し
4月29日読了時間: 2分
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