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「なんでなんすか」
僕がヨガを始めてから、ゆうやさん、佳吾さん、誠也さん、恭平さんをはじめ、いろいろな先生や先輩方とお話しする機会がありました。 その中で感じるのは、どの先生にも、いつもちょっとした笑いがあるということです。 何気ない会話の中で笑わせてくれたり、励ましてくれたり、時には僕をいじりながら、ふっと気持ちを軽くしてくれることがたくさんあります。 特に京都の師匠は、いつもキレのあるボケとツッコミで、いろいろなタイミングで笑わせてくれます。たまに、これは笑っていいのか分からない時もあって少し困惑しますが、そういうところも含めて、すごく好きです。 インドで一緒に過ごした大先輩も、いつも僕をいじって楽しませてくれます。たまにメッセージをくれる時も、僕の口癖である「なんでなんすか」を引き出そうとしてくれます。 そういう何気ないやりとりの中に、優しさや温かさを感じます。 今、私は新しい練習場を作っています。 作業を進める中で、思い通りにいかないことや予想外のトラブルもたくさん起こります。雨漏りや設備の問題、お金のこと、工事のこと。次から次へと課題が出てきて、そのたびに
6月5日読了時間: 2分


汗をかくということについて。
汗をかくということについて。 少し気温が上がってきて、汗をかくシーズンに入り始めました。 アシュタンガ的に言うと、汗をかくということは、呼吸、集中、内側の熱、アグニ的なものにかなり関係していると言われています。 一定の流れを保ちながら動くことで、自神経や循環が強く働き、発汗しやすくなる練習です。 ただ、面白いのが、汗の質のようなものが変わっていく感覚があることです。 練習初期は、呼吸が荒かったり、力みが多かったり、外側の筋肉を使いすぎることで大量に汗をかく人も多いと思います。 ですが、練習を続けていく中で、無駄な力が抜け、呼吸が深くなり、熱が内側で循環するような感覚が出てくることがあります。 汗の質感が変わっていく、と感じる人もいるかもしれません。 ただ、僕自身は、この汗をかく練習というものが嫌いではありません。 悪いものや、嫌な気持ちが、一緒に流れていくような感覚があるからです。 もともと暑い土地で行われてきた練習ということもあり、夏の空気の中で汗をかきながら動く感覚には、とても気持ち良さを感じます。 そして、このブログも、これからいろいろ試行
5月26日読了時間: 2分


鋼の思考
僕は、自分でも思うくらい思考が固い。 いろんな人の意見を聞いて、自分がいいと思うところだけを拾い上げながら、思い描いたものを形にしていける人を尊敬しています。 でも僕は、自分と少し考えが合わない人がいると、その人を丸ごと遠ざけてしまうことがよくあります。 ほんの少し違っただけなのに、 「自分とは全然違う人だ」 と思い込んでしまうのかもしれません。 本当は、その人のすべてを受け入れなくてもいい。 自分と共感できる部分だけ、必要な部分だけを受け取ればいいはずなのに、それが昔からあまり得意ではありません。 感覚が近い人や、自分がすごいと思っている人、リスペクトしている人の言葉は、まっすぐ入ってくる。 その一方で、自分のために言葉を投げかけてくれる人や、アドバイスをくれる人の意見を、素直に聞けないことがあります。 はっきり言って、悪い癖です。 ヨガをしていると、そういう自分に気づく場面がたくさんあります。 結局は、王道のやり方。 トリスターナ、目線、アーサナ、呼吸。 そこにしっかり取り組んで練習を続けていけば、自然と練習は深まっていくように思います。 そ
5月12日読了時間: 2分


シャラ(Shala / Śālā)大切な場所
シャラ(Shala / Śālā)という言葉は、サンスクリット語由来で、 もともとは「家」「場所」「空間」「学びの場」という意味の様です。 僕はこれまで、一人の先生だけに師事してきたわけではありません。 アシュタンガヨガ岡山では洋子先生、 アシュタンガヨガ神戸では清水誠也先生、 アシュタンガヨガ京都では山口佳吾先生、 アシュタンガヨガモージムではシャルミラ先生、 そしてシャラートヨガセンターではシャラート先生。 本来は、一人の先生のもとで深く学ぶべきだという考え方もあります。 だからこそ、自分は少し遠回りをしてきたのかもしれない、と感じることもあります。 それでも振り返ると、どのシャラにも、それぞれの学びがありました。 そして今、自分がこうしてヨガを続けていられるのは、間違いなくその場所や先生方のおかげです。 特に佳吾先生のもとでは、長い期間お世話になっていて、今の自分の軸の一つになっているように感じています。 でも一つ言えるのは、どのシャラにも感謝があるということです。 倉敷には「シャンティ」というヨガスタジオがあります。 僕自身は初めてヨガに
5月9日読了時間: 3分


楽しいまでが難しい。
蛇口の根本、 バタバタしていて、2日ほどブログを書くことから遠のいていました。 でもやっぱり、ブログを書ける時間があるというのは、幸せでありがたいことだなと思っています。 短いブログではありますが、自分にとって一つの楽しみになっているように感じています。 最近思い始めたのは、物事は少し大変なくらいの方が、結果的に深く楽しめるのかもしれないということです。 今の時代は、携帯を開けばInstagramやYouTube、その他エンタメ系のアプリで、簡単に楽しい動画や刺激的なものに出会える時代だと思います。 ですが、少し障害があったり、楽しむまでに時間がかかるものの方が、最終的には達成感や満足感が大きいように感じます。 ヨガももちろんそうですが、今の自分は店舗改装に挑んでいます。 正直、簡単ではありません。 毎日作業をしたからといって、すぐに完成へ近づくわけでもない。 それでも少しずつ進んでいく中で、次に自分が挑むべきことや、空間のイメージを想像することが、だんだん楽しくなってきています。 この満足感は、簡単に得られるものではないと思います。...
5月8日読了時間: 2分


仲間に感謝。
人は一人では生きていけない 最近、特にそう感じています。 何かをやろうと思った時、 自分にできるのは声を上げることくらい。 自分はまだ無知で、小さなエネルギーで しかないと、改めて思い知らされます。 今日から、自分のテナントの解体が始まります。 正直、一人だったら心細いし、どれだけ 時間がかかるのか想像もつきませんでした。 そんな中で、「一緒にやるよ」 と言ってくれる仲間がいること。 その優しさに、ただただ感謝しています。 これからも、この仲間たちを 大切にしていきたい。 そして、もし誰かが困った時には、 自分も同じように手を差し伸べられる 人でありたい。 この時間を、ただの出来事で終わらせず ちゃんと学びに変えていきたいと思います。 大切な時間を一緒に過ごしてくれた仲間へ。 これからも、深い感謝とリスペクトを込めて。 少し綺麗ごとに聞こえるかもしれませんが、 こういう日があってもいいし、こういう人間がいてもいいのかな、とも思っています。 さあ、今日は思い切って壊していきましょう。 壊して、生み出す。 まるでシバになった気分。 正直、得意ではない
5月4日読了時間: 2分


ヨガ以外のことを話すということ。 Lokah Samastah Sukhino Bhavantu
写真は、ヨガを通じて出会った先輩です。 二人で仲良く足をかけているこの瞬間が、個人的に気に入っています。 私はヨガが好きすぎて、気づけばその世界に深く入り込んでいました。 もともと多くの人と関わるタイプではないけれど、気づけばさらに限られた仲間としか話さなくなっていたように思います。 ただ、今、新しい場所を準備する中で、いろんな人と話す機会が増えました。 家具屋さん、建築関係の方、昔の友達、中学校からの仲間。 そうやって普段とは違う世界の人たちと話す中で、 自分の考えが少し偏っていたことに気づかされました。 集中して深める時間も大切だけど、 まったく違う価値観に触れる時間は、自分を見直すきっかけになる。 知らない世界の人と話すときには、ユーモアも必要だし、 真面目な話ばかりでもうまくいかない。 ヨガを極めることの難しさを感じつつ、 いろんな人と関わりながら、 この時間を楽しんで、ヨガとともに進んでいきたいと思います。 皆さんは、どのように過ごされているでしょうか。 自分にとって必要な人とだけ関わるという考え方も、 どのような生き方を選ぶかという意
5月3日読了時間: 2分


場所を借りるということ。
アシュタンガヨガを始めてから、長い月日が経ちました。 長いと言っても、まだまだひよっこですが。 趣味のままで終わらせることもできたのかもしれません。 でも、「伝える」という選択をしました。 始めていく中で、 もっとしっかり伝えたいという気持ちが、少しずつ芽生えてきました。 毎日ヨガを伝えられる場所を探し始めたものの、 なかなか見つからず、時間だけが過ぎていく。 正直、焦りもあったと思います。 それでも、ひとつの縁があって、 この場所を借りることになりました。 契約する日やオープンの日は、 巡り巡って、自分の師匠と重なる日にすることにしました。 迷いはあります。 やってみないとわからないことも、たくさんあります。 それでも、うまくいっても、いかなくても、 無駄な時間はないと信じています。 それは、この練習と同じ。 できるか、できないかは問題じゃない。 毎日挑戦すること。 諦めないこと。 無理をしないこと。 その積み重ねの中に、 この練習から受け取ってきたものがあるように感じています。 これからのこの状況も、しっかりと楽しみながら進んでいきます。 ム
5月2日読了時間: 2分


ヨガが必要な私
僕には、ヨガが必要です。 ヨガを始めたとき、直感的にそう思いました。 世の中には、ヨガをしなくてもいい人もたくさんいると思います。 それはきっと、すでに別の形で“ヨガ的なこと”を人生の中に持っているから。 僕の場合は、ずっと探していたように思います。 自分の人生におけるヨガ的なものとは何か。 自分を整え、向き合い、少しずつ変えてくれるものは何か。 ヨガを始める前の僕は、目の前に少し障害があると、すぐに投げ出してしまったり、怖いものがあると深く観察する前に遠ざけてしまうようなところがありました。 でも、はじめは苦手だと思っていたことも、少しずつ向き合ってみると、案外苦手ではなかったり、嫌いではなかったり、むしろ好きになっていくこともあります。 自分の勝手な印象で、何かを決めつけてしまう癖があったのだと思います。 僕はヨガというツールを通して、自分自身を少しずつ変化させてもらいました。 そのおかげで、自分の世界が少し広がったように感じています。 身体だけでなく、心や考え方にまで広がりを見せてくれたこのヨガ。 改めて、僕には必要なものだなと思いながら、
5月1日読了時間: 2分


おいしいご飯を食べよう
練習の後のご飯は、本当においしい。 最近の僕は、前日の夜から食べることを極力控えて、お茶を飲んで、そのまま寝床に入ることが多くなりました。 練習が終わると、本当に腹ペコです。 そのあと予定がある時は、食べずに次の場所へ向かうこともあります。 だからこそ、本当にお腹を空かせた時に食べるご飯は、驚くほどおいしくて、食べられることそのものに喜びを感じます。 僕はもともと体育会系だったせいか、ご飯を本当によく食べます。 食べ始めると、ご飯3合くらいは当たり前で、それに加えて副菜もたくさん食べてしまいます。 それも、うちの母ちゃんが料理上手だったからかもしれません。 食べることの喜びは、人一倍強い方だと思っています。 そんな僕が、食べることを極力控えて臨むこの練習。 その後に食べるご飯は、本当においしい。 普段食べられないからこそ、おいしいと感じる部分や、幸福に感じる部分がたくさんあるように思います。 普段から食べ続けていると、胃は疲れるし、「味わう」という感覚も少し鈍ってしまう気がします。 限られた時間の中で、食べるという祈りと向き合うこと。...
4月30日読了時間: 2分


主宰
この看板、実は「H」がひとつ抜けています。 あとから気づいたのですが、 HidejiのH、HirasakiのH、僕にはHがふたつあります。 なので、そのうちのひとつを“おすそ分け”した、ということで、 あえてHなしでこの看板を使っています。 当時は、とにかく形にすることに必死で、 細かいことまで気が回っていなかったのかもしれません。 アシュタンガのクラスを倉敷で主宰して、まもなく2年が過ぎようとしています。 「主宰」という言葉の意味を改めて調べてみました。 自分が中心となって企画し、全体を取りまとめ、責任を持って運営すること。 そして、その人。 この2年間、週に2回、あるいは3回。 予定があれば休む、そんな日々を積み重ねてきました。 最初は、少し珍しいことをやっているのもあってか興味を持って遊びに来てくれる方も多くいました。 でも、2回目、3回目と足を運んでもらうためには、 「珍しさ」ではなく、この練習そのものに価値を感じてもらうことが必要だと感じています。 そして、主宰するということは、 自分ひとりでできることではないということも、改めて実感し
4月29日読了時間: 2分


宮崎、僕が思うジールという場所
In 2022, in Miyazaki. 仕事を辞めて、アシュタンガヨガを学びに京都へ来てから、1ヶ月半。 ホテルとSadhana Shalaを行き来し、昼からはあてもなく散歩をする。そんな日々が続いていました。 ある日、佳吾先生がふと、 「ヒデジ君、宮崎行く予定あるの?」と声をかけてくれました。 正直、最初は戸惑いました。 「そんな本格的な場所に、自分なんかが行っていいんだろうか」 思わず聞き返してしまったのを覚えています。 当時の自分の練習は、生まれたての馬のように不安定で、 泥の中でもがく魚のように、ただ必死に動いているだけ。 誰かに見られることすら、恥ずかしいと感じていました。 それでも、その一言がきっかけで、宮崎へ行くことを決めました。 実際に行ってみると、顔見知りのメンバーも多く、 どこか少し疎外感を感じていたのも事実です。 ただ、そこで目にしたものは、 そんな感情を一瞬で吹き飛ばすものでした。 圧倒的な練習の熱量。 ただひたむきに、自分と向き合い続ける姿。 みんなが、本当にかっこよく見えた。 それは、紛れもない事実です。...
4月27日読了時間: 2分


僕がアシュタンガヨガを始めた頃の話
2019年の私、 今日は、僕がアシュタンガヨガを始めた頃のことについて話そうと思います。 2019年、夏の終わりのことでした。 その年の夏、岡山県倉敷市では川の氾濫が起き、自然の脅威を強く感じる出来事がありました。 人間がこれまで積み上げてきたものが、いとも簡単に流されてしまう――そんな現実を目の当たりにしました。 その出来事をきっかけに、「本当にやりたいことをやろう」と決めました。 そして翌月、気になっていたアシュタンガヨガの扉を開くことになります。 初めての練習は、ただただ汗だくでした。 それまでヨガをやっていたにもかかわらず、思うように体は動かず、効果を感じる余裕もなく、ただ汗が滴り落ちる時間でした。 当時、アシュタンガヨガは毎日行うものだと知ってはいたものの、実際には休みの日だけ通う日々が続いていました。 それでも通い続けるうちに、その魅力にどんどん引き込まれていき、「もっと深く練習したい」と思うようになりました。 そして、インドに行きたいという気持ちが、自然と芽生えていきました。 あるとき、倉敷には継続して練習できる場所がないことを先生
4月25日読了時間: 2分


やりたくない日こそ、
やりたくないと思っている自分と、やったあとの自分は、いつも別人みたいだ。 アシュタンガヨガの練習は、続けることが大切でありながら、とても難しいことのようにも感じます。 練習を始めてしまえば、今となっては癖のように、最後までやらないと気持ち悪く感じることがあります。 でも、マットの前に立ち、最初の祈りを始めるまでは、 「今日はやりたくないな」 「サボってしまおうかな」 「疲れたな」 そんな感情が湧いてくることもあります。 練習自体は好きです。 練習を終えた後には、爽快感があったり、やりきった自分を少し褒めてあげられたりして、自己肯定感が上がるようにも感じます。 ただ、そのためだけに練習しているわけではありません。 それでも、練習をしないと少し気持ち悪く感じるのが、今の自分の正直な状態です。 もちろん、休むことも大切です。 それでも、この練習を続けるうえで大きな助けになっているのが、オープニングマントラとクロージングマントラだと感じています。 マントラは、学校のチャイムみたいなものだと感じています。 自分の意思とは関係なく、あれが鳴ると体が勝手に切り
4月24日読了時間: 2分


動けていた体、止まっていた体
今日は、昔の自分と比べてのフィジカル的な変化について書いてみようと思います。 もともと僕は体を動かすことが好きで、 幼い頃はよく外で遊んでいました。 縄跳びをして、自転車に乗って、 夜には一人でランニングをしたり、 バスケットやサッカーなど、いろいろなことをしていたと思います。 ただ大人になってからは、ファッションに興味が出てきて、 革靴を履いたり、サイズの合わない靴を履くことも増えていきました。 そういう生活を続けていると、 体の奥の方に、なんとも言えない違和感が残るようになりました。 ムズムズするような感覚と、 思考の奥に何かが絡みついて、ほどけないような感覚。 うまく言葉にできないけれど、 ずっと引っかかり続けるような状態だったと思います。 その違和感は、時に良くない方向にも向かって、 いろんなものに当たってしまうこともありました。 そんな中で、ヨガに出会いました。 久しぶりに体をしっかり動かしたとき、 開放感や爽やかさを感じたのを今でも覚えています。 長い間、体を動かさず、 締め付けるような服や靴で過ごしていた自分にとっては、 かなり衝撃
4月23日読了時間: 2分


純粋な心と体になりたい
ブログを書こうとすると、いろいろなトピックが頭を巡ります。 今日は、昔の体の硬さと今の体の違いについて書こうと思っていたのですが、 ふと「思考の硬さ」について書いてみようと思いました。 ヨガを始める前の自分は、 怒りや悲しみ、興奮や辛さといった感情が強く動くと、 体が強く硬直するタイプでした。 今振り返ると、その力みはかなり激しく、 触れられると驚くほど固まっていたように思います。 今でもその名残りはあって、 人と話しているときに感情が一気に動くと、 思考が固まり、同時に体も固まってしまい、 相手の話がうまく入ってこなくなることがあります。 ただ、昔と比べると少しずつ変化もあって、 誰かに声をかけてもらったり、 はっとする一言をもらったりすると、 今の自分に戻れる瞬間も増えてきました。 アシュタンガヨガを続ける中で、 どうにもならないような感情や状況に出会うこともあります。 頭の中がぐちゃぐちゃになって、 何も考えられなくなるようなとき。 そういうときに、自分の「思考が硬くなる癖」が出てくることに、 少しずつ気づけるようになってきました。 今は、
4月22日読了時間: 2分


新しい扉としてのブログ
今日からブログを始めてみようと思います。 毎日投稿とはいかないかもしれませんが、今の自分の状況や考えていること、練習で感じたことや、迷っていることなど、その時々の自分をそのまま書いていこうと思います。 僕は、好きなことには一生懸命打ち込めるタイプで、がむしゃらにやることは得意な方だと思っています。 ただその一方で、工夫したり、効率よく進めることはあまり得意ではありません。 アシュタンガを通して、そんな自分の性格と改めて向き合うことができました。 そして今、これまで少し苦手だった「新しいことへの挑戦」に対して、少しずつ扉を開けられるようになってきた気がしています。 このブログが面白いかどうかはわかりませんが、自分自身の変化を記録しながら、最終的にどんなところに辿り着くのか。 その過程を見てもらえたり、応援していただけたら嬉しいです。 ここから始めてみます。
4月21日読了時間: 1分
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