鋼の思考
- 5月12日
- 読了時間: 2分

僕は、自分でも思うくらい思考が固い。
いろんな人の意見を聞いて、自分がいいと思うところだけを拾い上げながら、思い描いたものを形にしていける人を尊敬しています。
でも僕は、自分と少し考えが合わない人がいると、その人を丸ごと遠ざけてしまうことがよくあります。
ほんの少し違っただけなのに、
「自分とは全然違う人だ」
と思い込んでしまうのかもしれません。
本当は、その人のすべてを受け入れなくてもいい。
自分と共感できる部分だけ、必要な部分だけを受け取ればいいはずなのに、それが昔からあまり得意ではありません。
感覚が近い人や、自分がすごいと思っている人、リスペクトしている人の言葉は、まっすぐ入ってくる。
その一方で、自分のために言葉を投げかけてくれる人や、アドバイスをくれる人の意見を、素直に聞けないことがあります。
はっきり言って、悪い癖です。
ヨガをしていると、そういう自分に気づく場面がたくさんあります。
結局は、王道のやり方。
トリスターナ、目線、アーサナ、呼吸。
そこにしっかり取り組んで練習を続けていけば、自然と練習は深まっていくように思います。
それなのに、
「自分なりのやり方の方がいいんじゃないか」
「こっちの方が合っているんじゃないか」
と、勝手に自分の思考が働きはじめる。
そして試してみたくなる。
でも結局、それはすごく遠回りだったりします。
たくさんの経験や進化を重ねてきたこの練習の中には、変わらず大切にされてきたものがあるはずです。
それなのに、そこにちゃんと目を向けられないところが、自分にはあるように思います。
もちろん、自己流で失敗して成長することもたくさんあると思います。
でも最近は、その逆もあるのだと感じています。
自分で考えること。
素直に受け取ること。
試してみること。
受け継がれてきたものを大切にすること。
そのバランスを、心や頭の柔軟性を、少しずつ自分で扱えるようになるために、この練習をしているのかもしれません。
この鋼のような頑固さに、少しずつ熱を加えて、柔らかくしてくれているのが、この練習なのかもしれませんね。
今日も読んでいただきありがとうございます。








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