焦り
- 3 日前
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更新日:3 日前

最近、自分のシャラを開くことになりました。そのきっかけには、インドで過ごした先輩との会話や、身近な人たちがマイソールクラスを始めていく姿がありました。その中で、自分でも気づかないうちに焦りを抱え、その焦りが自分の行動に表れていたのだと思います。
シャラを持つ以上、そこで練習してくれる人の
存在は大切です。しかし私は、「せっかく作ったのだから、もっと練習してほしい」という思いが強くなり、公民館の頃から来てくれていた生徒さんに、知らず知らずのうちに厳しさを求めてしまいました。
今振り返ると、それは完全に自分のエゴでした。
私がアシュタンガヨガを好きなのは、きつい練習だからではありません。この練習の奥には、優しさや愛があると信じているからです。インドでシャラジにお会いしたときも、そのことを改めて感じました。その話は、また別の機会に書きたいと思います。
アシュタンガヨガは、「厳しい」「きつい」という印象を持たれがちです。でも、本来はそうではありません。自分で強度を選び、疲れたら休み、
また次の日に戻ってくることができます。伝統的なルールはありますが、その中で自分のペースを大切にしながら続けられる、とても懐の深い練習です。そして、この練習は「正確にやること」が
重要だと言われます。もちろん、正確さを目指すことは大切です。でも、それ以上に大切なのは、
正確にできない日があっても、学び続けることではないでしょうか。毎日挑戦し、何度でもトライし、諦めずに続けること。その積み重ねこそが、この練習の本当の価値なのだと思います。肉体的な疲労や、忙しい毎日の中で時間を確保することは、現代では決して簡単ではありません。それでも練習を続け、自分と向き合い続けることは、
とても尊いことです。そんな思いでシャラを作ったはずなのに、周りからのプレッシャーや自分自身の焦りによって、大切なことを見失ってしまいました。そのことは今でも後悔しています。もし叶うなら、離れてしまった生徒さんにもう一度会えたら嬉しい。でも、この出来事も自分に必要な学びだったと受け止めています。だからこそ、これからは結果を急ぐのではなく、一人ひとりの歩幅を大切にし、安心して練習を続けられる場所を育てていきたいと思います。そして私自身も、ヨガの本質をもっと深く学び続け、焦りではなく、
優しさと愛を伝えられる指導者でありたいと思います。今日も読んでいただき、ありがとうございました。引き続き、よろしくお願いいたします。
アヒンサー(Ahimsa/非暴力)とサティヤ(Satya/真実)
本当に難しいことです。私自身も、つい言わなくてもいいことを口にしてしまうことがあります。いつの間にか相手を傷つける言葉になっていることもあります。ヨガでは、**アヒンサー(傷つけないこと)とサティヤ(真実を語ること)**のどちらも大切にします。しかし、この二つのバランスを保つことは簡単ではありません。だからこそ、話す前に少し立ち止まり、
「この言葉は真実だろうか。」
「そして、この言葉は思いやりを伴っているだろうか。」
と自分に問いかけ続けることが、ヨガの実践なのかもしれません。完璧を目指すのではなく、失敗を繰り返しながら少しずつ学び続ける。その積み重ねが、自分自身を育て、周りとの関係も穏やかにしてくれるのだと思います。
🙇🙇🙇








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