主宰
- 4月29日
- 読了時間: 2分

この看板、実は「H」がひとつ抜けています。
あとから気づいたのですが、
HidejiのH、HirasakiのH、僕にはHがふたつあります。
なので、そのうちのひとつを“おすそ分け”した、ということで、
あえてHなしでこの看板を使っています。
当時は、とにかく形にすることに必死で、
細かいことまで気が回っていなかったのかもしれません。
アシュタンガのクラスを倉敷で主宰して、まもなく2年が過ぎようとしています。
「主宰」という言葉の意味を改めて調べてみました。
自分が中心となって企画し、全体を取りまとめ、責任を持って運営すること。
そして、その人。
この2年間、週に2回、あるいは3回。
予定があれば休む、そんな日々を積み重ねてきました。
最初は、少し珍しいことをやっているのもあってか興味を持って遊びに来てくれる方も多くいました。
でも、2回目、3回目と足を運んでもらうためには、
「珍しさ」ではなく、この練習そのものに価値を感じてもらうことが必要だと感じています。
そして、主宰するということは、
自分ひとりでできることではないということも、改めて実感しています。
足を運んでくれる人。
共に練習してくれる人。
その一人ひとりに、心からのリスペクトを持って向き合い、
共に学び、進んでいくこと。
当たり前のことかもしれませんが、
時に自分のエゴが強くなってしまったり、
「もっと練習してほしい」という思いが強くなりすぎて、
押し付けるような言葉になってしまうこともあり、反省しています。
それでも、
この倉敷という場所で、ヨガの入り口に立つひとりのガーディアンとして、
「やってみたい」と思ったときに、誰もが気軽に来られる場所を守り続けていきたいと思います。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。








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